中国の一帯一路構想に基づく進出が、アジアや中東など世界各地で展開されていることは周知の事実だが、あまり焦点の当たらない南太平洋地域でも近年顕著になっている。
■債券外交の餌食・トンガ
南太平洋に浮かぶ島国、トンガ。この国は人口10万人あまりの小国だが、中国によるインフラ整備を中心とする経済支援の勢いが止まらない。2018年だけでも、中国の資金で建設された政府庁舎が完成、門には中国の資金によって建設されたという記念碑が設置された。トンガに進出する中国企業、中国人も増加の一途を辿っており、首都ヌクアロファでは露店を経営したり、ビジネスを展開する中国人の姿が数年のうちに目立つようになっている。
しかも、トンガに展開する中国人経営者や中国企業は現地のトンガ人を採用しない。従業員を中国から呼び寄せて働かせるため、現地住民からの不信感や反発も高まっている。オーストラリアに拠点を置くローウィ研究所によると、2006年からの10年間で中国による資金援助は1億7200万ドルに達するが、その多くが長期の低利子融資であり、返済できなくなって湾岸施設の使用権などを中国に譲渡しなければならない状況がやってくると懸念されている。典型的な「債権外交」である。それにもかかわらず、2018年3月にはトンガ国王が北京を訪問してさらなる経済支援を受け入れることで合意しており、今後も中国による進出、影響力が浸透すると考えられる。
■観光産業から侵食されるパラオ
台湾と国交があるパラオにも中国の進出が近年目立つ。パラオはGDPの8割以上を観光に依存しているが、近年は中国人観光客が激増している。2013年以前、中国人観光客は年間1万人に満たず、台湾や日本からの観光客の方が多かったが、2014 年には 4万人、2015 年には9万人弱と激増した。中国系の旅行代理店やホテル、レストラン、不動産会社などの進出は目覚ましく、中国との経済関係強化を求める地元民、それに懸念を持つ地元民の双方が増えている。パラオ議会では2017年、中国との貿易協定締結の是非を問う採決が行われ、辛うじて否決(賛成5、反対5、欠席3)された。こうした動きに米国は2018年8月、海上監視用のレーダーシステムを新たに設置することでパラオと合意した。今後も何かしらの動きが見られることだろう。
■安全保障上の懸念を強める地域大国
一帯一路構想に基づく中国の南太平洋への影響力拡大は、2019年も間違いなく続く。
相手が返済できないと明らかに分かる金額を融資として差し出し、それを「支援」という名目で浸食を深める中国に、小国である島嶼国はどう対処したらいいのだろうか。近年の中国の影響力拡大は経済面に留まらず、安全保障上の問題としても議論されている。南太平洋に利害関係を持つ国々の間で、中国への懸念の声は明らかに広がっている。だが、島嶼国が一丸となっても、経済的・軍事的に対処できる相手ではない。やはり周辺の大国の協力が不可欠となる。
南太平洋地域を自らの勢力圏とみなすオーストラリアやニュージーランドは、明らかに今までより懸念を強めている。
オーストラリアの防衛当局は2018年4月、中国がバヌアツへの軍事的関心を強めていると言及し、中国による軍事拠点化、南太平洋海域でのプレゼンス強化を警告した。バヌアツは中国と国交を持ち、島嶼国の中では南シナ海をめぐる中国の主張を認めている唯一の国である。中国との関係は島嶼国の中にも温度差があり、中国としては友好的な国家との結び付きを強化し、軍事的なプレゼンスを高めることも視野にある。新冷戦とも呼ばれる今日の米中関係を考えると、ある程度のコストは掛かっても米国に揺さぶりや圧力を掛けられるならば、同地域に軍事プレゼンスを高めることは、中国にとって都合の悪いものではない。
ニュージーランドもまた、2018年7月に公表された防衛報告書の中で、中国の存在が南太平洋地域の安定を脅かすと指摘している。
■フランスの懸念
南太平洋には、フランスの海外領土も存在する。フランスというとテロや難民などの問題に尽力を注いでいると思うかもしれないが、同国は南太平洋地域を中心に 1100 万平方キロメートルもの排他的経済水域(EEZ)を持つ世界第2位の海洋大国でもある。フランスは2018年1月、日本との間で外務・ 防衛の閣僚会議を開催し、海洋安全保障、途上国への能力構築支援などでの協調、自衛隊と仏軍の共同訓練実施などで合意した。こうした動きは、南太平洋の自国権益を中国に脅かされるとの懸念から発している。
フランスにとって、わずかな安心材料だったのは、2018年11月にニューカレドニアで実施された独立を巡る住民投票の結果である。ニューカレドニアの住民はフランスから独立しない道を選んだ。マクロン大統領は投票前から如何なる結果になっても民意を尊重すると表明していたが、仮にニューカレドニアが独立するようなことがあれば、中国の干渉はまず避けられなかった。しかし、今後2022年までに2回同じ投票が実施される可能性もあり、パリとしても油断できない状況が続きそうだ。
現在のところ、一帯一路による中国の進出について、イエス、ノー両方の声が聞こえるのが実態だろう。しかし、ノーの声が多くなったとしても、太平洋の小さな国々にとって資金が豊富な国からの援助は国家の未来や存亡に照らして、受け入れざるを得ないという現実もある。同じように中国による多額の資金援助受けるパキスタンやスリランカなどと比較しても、南太平洋各国の経済規模は小さい。それらの国々でも、借金を返済できないなどとして湾岸施設の使用権を中国へ譲渡したのだから、南太平洋の島国が中国による債務トラップに陥るのは想像に難くない。オーストラリアやニュージーランド、それにフランスなどと協力して、日本はこうした「太平洋側への侵略」を防ぐイニシアチブを、早急に取る必要がある。