いわゆる「中国版GPS」、正式名称「北斗衛星導航系統」が、着々と実用化への道を進めている。これは、中国政府・人民解放軍が進めている、アメリカのGPSに依存しない独自のナビゲーション・システムである。
このシステムは2000年に3機の人工衛星によってスタートし、中国と周辺国でのナビゲーションに使用された。現在は、これを刷新した第二世代の運用が逐次開始されており、完成すると35機以上の衛星によって構成される全地球測位システムになる予定だ。
この第二世代の中国版GPS「北斗」について中国政府は、2018年12月27日に全世界に向けた運用開始を発表した。2018年12月時点では衛星33機を運用しており、位置情報誤差は10メートル以内であるとされる。アジア太平洋地域では、この誤差が5メートル以内に縮小する。中国の衛星誘導システム管理室によると、2019年・20年にさらに衛星12基を打ち上げる計画で、全世界で位置情報の精度をより向上させる。
中国がこのように、全力でもって独自のGPS開発を進めるのには、2つの背景がある。第1に宇宙開発競争への本格参入、第2に宇宙空間の戦略的利用、である。
第1の背景、宇宙開発競争への本格参入については、Sankei Bizが2019年1月15日に掲載した記事に詳しい。中国版GPSだけでなく、無人月探査機の打ち上げなどは、「米国と激しい貿易戦争を展開する中で、『宇宙強国』としての存在感を世界に強く示す」ためだ、という見方である。これにより、技術力を誇示して国威発揚を中国政府ははかっている。*1
より実用的な側面として、第2の宇宙空間の戦略的利用が挙げられる。
アメリカ合衆国は、2001年に早くも、宇宙空間の戦略的利用について4つのアプローチから積極推進する方針を掲げてきた。「スペースパワー」とも称され、宇宙空間を民間・軍事など様々な側面で統合的に利用しようとする発想である。4つのアプローチは、①民生利用(宇宙ステーションなど)、②商用利用(通信衛星など)、③インテリジェンス(監視・偵察)、④軍事利用(弾道ミサイル・ドローン)で構成され、GPSはこのうち、②・③・④のアプローチの重なる、宇宙開発の要衝に当たる。すなわち、民間では船舶・航空機のみならずスマートフォン端末などで利用可能であり、それがときに敵対者の監視・偵察に、そして必要な際にはドローンなどを用いた精密な軍事攻撃に、直接的に結びつく。
この精密な軍事攻撃能力こそ、中国政府が最も恐れるものであった。東北大学教授の阿南友亮によると、2003年のイラク戦争で発揮された米軍の空爆能力は、「共産党を不安にさせる要因であった」。精密にターゲットだけを破壊し、民間人の被害を極力抑える米軍の手法によって、「独裁政権と民間社会を切り離し、心理的にも独裁政権を孤立させることが可能」となる。中国側からすればこれは、「共産党と解放軍を民間社会から切り離し、前者にのみ打撃を集中させる」ものであった。「民間社会が自分たちの側に立って米軍と戦ってくれるというゆるぎなき自信はなかった」彼らにとって、GPSと連携した米軍の空爆は、致命的な脅威だったのである。*2
この脅威に対抗するためには、同じことが相手に対し実施可能となる能力が必要だった。相互核抑止と同様の発想である。つまり、アメリカにも同じ打撃を与えることができれば、アメリカは手を出すことができないはずだ。こうした発想から誕生したのが、中国版GPSなのである。
すでに中国版GPSの利用国は、世界90カ国に広がったと言われる。アメリカの同盟国では、これらの中国技術排除が今後も進められていくが、中東やアフリカでは利用拡大の流れは現時点では止まることがない。
中国版GPSがこうした「空からの威嚇」を可能とし、中国の軍事能力拡大のキーポイントであることを認識したうえで、西側諸国は利用拒否のみならず、途上国のシステムからの排除を積極的に推進する必要があろう。その際に、通信や電力などについての開発援助を戦略的に利用することも、考慮すべきだと思われる。
*1 Sankei Biz, 中国の宇宙開発 対米国ラウンドのゴングが鳴った(2019年1月15日), https://www.sankeibiz.jp/macro/news/190115/mcb1901150500009-n1.htm
*2 阿南友亮, 『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮選書・2017年), p.268