〜中国にとっての南太平洋地域の戦略的重要性とは〜
中国の一帯一路構想による進出は、比較的国際社会の焦点が当たらない南太平洋にも近年顕著に見られる。豪州に拠点を置くシンクタンク「ローウィ研究所(LowyInstitute)」が公表した情報によると、中国は2006年からの10年間で、パプアニューギニアに6億3200万ドル、フィジーに3億6000万ドル、バヌアツに2億4400万ドル、サモアに2億3000万ドル、トンガに1億7200万ドルなど、莫大な資金援助を行ってきた。今年3月にもトンガの国王ツボウ6世が北京で習近平国家主席と会談し、大規模な経済援助を受けることで合意するなど、南太平洋の島嶼国にとって、中国は経済的になくてはならない国になりつつある。
一方、中国の一帯一路構による南太平洋への進出は、他の地域でみられるそれらとは全く違う1つの特徴を有する。それは台湾との関係だ。今日、南太平洋地域は、事実上、世界でも稀に見る中台による国交獲得競争の最前線と化している。
近年、台湾と国交を持つ国の数は減少傾向にあり、今年もカリブ海のドミニカ、アフリカのブルキナファソ、中米のエルサルバドルが国交を断絶し、現在、台湾と国交を持つ国は17カ国にまで減少している。そのうちの6カ国が南太平洋にある。台湾と国交を持つのは、マーシャル諸島共和国、ツバル、ソロモン諸島、パラオ共和国、ナウル共和国、キリバス共和国で、中国と国交があるのは、フィジー共和国、サモア独立国、パプアニューギニア独立国、バヌアツ共和国、ミクロネシア連邦、クック諸島、トンガ王国、ニウエの8か国となっている。一部の国は台湾から中国、もしくは中国から台湾という形で国交変更を行ってきた経緯があるが、今日の中国にとって、南太平洋は経済支援を通して影響力の拡大を目指す戦略的地域であるだけでなく、いわゆる“台湾潰し”の格好の場でもあるのである。
南太平洋地域には、地域的国際機関としての役割を果たす「太平洋諸島フォーラム“PIF ”(1971年設立、本部はフィジーの首都スバ)」という機関があるが、中国は同機関への接近も図っている。その目的の1つは、PIF加盟国で台湾と国交を持つ国への影響力を間接的にでも高め、それら8カ国と台湾との外交関係断絶というシナリオを実現したいという政治的な思惑が見て取れる。
また、中国にとっての同地域の戦略的重要性を探る場合、ラテンアメリカ諸国との貿易関係がある。中国にとってのシーレーンとは、インド洋を経由する中東・アフリカ航路、北極海を経由する欧州航路や北米航路のほかに、太平洋を経由する南米航路があるという。
周知の通り、近年中国とラテンアメリカ諸国の経済的な繋がりは深まる一方であるが、中国は南太平洋地域をラテンアメリカ諸国とのトランジットとすることで、南米航路の実効性を高めようとしている。世界地図を見れば分かるが、南太平洋地域は中国とラテンアメリカ諸国とのトランジットとしては、極めて地理的に都合が良い場所にある。
また、近年、インド洋や西太平洋に焦点を当てた「インド・パシフィック”the Indo-Pacific”」という概念が国際政治の中で普及し、日本や米国、インドやオーストラリアなど自由、民主主義の価値観を共有する国々が、地域一帯の安全保障を担っていこうとする動きが加速化している。一方、南太平洋、とりわけメラネシアやポリネシア、それ以東の海域において、大国間の覇権争いというものはあまり見られない。中国としては、米国勢力圏の裏側を突くという形で、同周辺海域へ自らの影響力を拡大し、シーレーンとしての南米航路を着実に自分の物にしたいという政治的意図がある。